神津島の旅(天上山)

2008.8.2~3

本来は入梅前に行く予定だった神津島。
8月に入り、やっと連休が取れるようになり、暑い中行って来た。

神津島に天上山と言う山があり、それが新百名山になったのを相棒が見つけたのだ。
特に百名山に興味などある訳ではなく、島自体に憧れみたいなモノがあった。
現に神津島に行った人に聞いても、綺麗なところだと言う。
だから、何故か知らないが、これからは島だ!と意気込んでいたのである。

前日の深夜から竹芝に集合し、船に乗り朝方に島に着く形だ。
仕事があるからその日は慌ただしく、既に船着場には沢山の人間でごった返していた。
僕らは、タイタニックのジャック達の様に、一番安い2等席なのだ。
座席などの気の利いたものは無く、文字通り床に雑魚寝をする。
船内は、馬鹿みたいに人だらけなので、人気が無い轟々とエンジンの音が唸る甲板で寝ることにした。

体が疲れているせいもあるのか、思いの外これが良く眠れるのだ。
エンジンの音はうるさいが、船の揺れと潮風が心地良かった。
それに相棒におめでたいことも有り、安心感からか気持ちよく眠れた。

朝方に、最初は大島に停船する。
結構なお客も降りるし、東京から運んできたコンテナも下ろす。
これがなかなか時間の掛かる作業なのだが、晴れ渡る早朝の中でその作業を見ていると何とも微笑ましい。
バカンスを楽しむ観光客や、里帰りする人々、それらを迎える島の人。
それに何と言っても、夏の青い空と、透き通った海の色は、東京では考えられない。
と言いつつも、ここも一応東京なんだけどと突っ込んでしまう。

大島の次が、隣の小さい島の利島。
そして次は新島?三宅島?御蔵島?
まあ、各駅電車の如く、そういった早朝の作業が続いていく。
各島には、船客が平均的に降りていく。

こぢんまりとした式根島は特に印象的だった。
先輩警察官と新米お巡りさんが、ニコニコしながら荷物の搬入などの手伝いまでしている。
島では必ず、船が来ると警官が立ち会うみたいなのだが、九段下の駅で巡回している警官とは全然違う。
もちろん違うのは当たり前だが、とても平和的な空気が流れていた。

そして9時くらいに、やっと神津島に到着。

神津島沖には、横浜から来た豪華客船が停泊していた。
ううむ、お金持ちは島に降りないで涼しい部屋で眺めているのが好いのだろうか、と一人愚痴る。
肝心の山には、雲が掛かっていた。
神津島だけでは無いが、どの島にも帽子を被ったみたいにぽっかりと雲が浮いているのだ。

港に立つと、ドンドンと和太鼓の音が響いていた。
夏休みで観光客を迎え入れる為か、地元の子供達が元気いっぱいで太鼓を奏でる。
それを横目で見ながら、登山口を目指し街(村落)を突っ切る。

それにしても暑い暑い暑い。
僕らは、バリバリに登山の格好をしてきたが、この島ではかなり浮いているのではと思う。
他の観光客は、ビーチサンダルに半ズボンといった装いだから、さらにそう感じる。
はたしてこんな真夏日に、僅か600メートルの山を登る人が居るのだろうかと思ってしまう。

でも、人は人だ。

暑い、暑いと呟きながら、やっと登山口に着く。

森の中は熱帯雨林並みで、数種類ものセミがワンワンと鳴いている。
汗は滝のように流れ、その分水分も補給しなくてはならない。
腕にポツポツっと冷たいものを感じたのだが、それは袖から垂れてくる汗であった。
これだけ汗を掻くのは久しぶりではなかろうか。

7合目位から、ハイマツらしきものが生えている。
離島だから風をまともに受けてしまう為、あまり高い木は育たないのだろう。
風も出てきたし、見た目はちょっとした北アルプスみたいだ。


山頂から神津島港を見下ろす

標高562メートルと、登ってしまえばアっと言うまだったが、真夏の低山はやはり酷だ。
ガイドブックにも8月の登山は、お薦めにはなっていなかった。

そこからは島を一周するように、稜線を歩いていく。
カルスト状になった岩稜地帯が続き、低山とは思えない光景だ。
たまに、登山客とすれ違うが、みんなやはりラフな格好だ。
中にはサンダル履きで登って来た若者も居たが、いくらなんでもそりゃ危ないだろうと思った。

これがまだ涼しければ気持ちの良いトレッキングかもしれない。
しかし、高温多湿の今の時期では、楽しむ余裕はあまり生まれてこない。

標高を落とせば、セミのけたたましい鳴き声と、蒸しかえるモワっとした暑さが戻ってきた。
とにかく喉が渇き、登山終了には持ってきた水も底を突いた。


キャンプ場がある多幸湾が見えてきた

とにかく、水だ。
熱く火照った体は、冷たい水を欲しがっていた。


多幸湾

やっとの事で、ゴールである多幸にたどり着く。
そこには、蒼く輝く海が広がっていて、数人が海水浴を楽しんでいた。
海を眺めていると、赤い水着で真っ黒に日焼けした女の子が近寄ってきた。
現地の人かと思いきや横浜の人で、ライフセーバーとして一夏島で働いているらしい。
夏休みは地元の人間では人手が足りないのか、こういった観光地も他の地域から求人するしかないのだろう。
応対がフレンドリーなのは、観光客に楽しんでもらいたいという地元人の心意気なのだろうか。

そのクロンボ娘に聞いて、やっと『冷たくて美味しい』湧き水に在りつけた。
しかし、島の水は一体どこから来ているのだろうか?
その殆どが地下水だと思うけど、島が小さければ小さいほど不思議だなあと思う。

そそくさとテントを設置してから、また海を散策する。
相棒はおもむろに水着に着替え、誰も居ない海で泳いでいる。
残念ながら、僕は水着を持ってくるのを忘れてしまった。
おまけにタックルも持ってきて無いので、桟橋で腰を下ろし読みかけの本を広げた。
桟橋では釣りをやっている方も居るので、時たまそれを横目で見るが何も釣れていない模様。
そのうちに眠くなってたので、潮風に吹かれ少しウトウトする。

日中は暑い中トレッキングをしてきたが、地獄はこれからだった。
テントを張っている時に無数の蚊が何処と無く現れ、数匹が腕にたかってきたから夜は憂鬱だったのだ。
とりあえず虫除けスプレーをバババっと腕や首に振り掛け、蚊の猛攻撃対策をする。
しかし、それよりも憂鬱なのは、夜になっても涼しくならない事だった。

暗くなりヘッドランプをしてカップめんをすすっていると、あのプーンという音が耳元で聞こえる。
仕方なくランプを消し暗い中で食事をしていると、テーブルの上にいつの間にかイモムシが這っていたりする。
そりゃ虫くらい居るだろうが、日頃都会で暮らしている者にとっちゃコレは少し参る。
大体、高原とか涼しい場所ならともかく、真夏にテントなんかで寝るのはちょっとと思う。
テント場には2組位しかテントは無く、やはり金をケチらないで民宿にでも泊まればと思った。
少しは風が来る桟橋にでもと思ったが、フナ虫が活発に活動していた。
一夜くらいガマンするしかなさそうだ。

僕はあきらめてシャワーを浴び、風がまったく通らないテントに潜り込んだ。
そして横になったが、案の定暑くてまったく眠りにつけない。
日焼けしたという事もあり、顔や腕がじんわりと火照っている。
首筋に薄っすらと汗を掻いている。
外は多少風があるが蚊が居るし、テントの中でガマンするしか無いのだが、
逃げ場所が無い地獄の様な長い時間を耐えなければならなかった。
それに比べ(と言うか、全然)船の甲板の方が100倍心地良かった。

それでも何とか眠りに落ちたらしく、朝を迎えた。
早朝なのでバスが走っていなく、5キロの道のりを街まで歩いていく。
せめて美味いものでもと、街中まで来たが、食堂らしきものが見つからない。
コンビニエンスストアやファミリーレストランなんてのは持っての他。
おまけにジュースの自動販売機も、殆どが売り切れを表示していた。

ええい、ここまで来たら反対側まで行ってやれと、さらに歩く。
路上端には、虫の死骸に群がる蟻が、沢山見受けられる。
蟻達は、せっせと女王蟻のために、熱く熱せられたアスファルトの上を走り回る。
死ぬまで働きづめなので、厚生年金でももらいたいくらいだろうに。

僕らも熱い路上をひたすら歩く。
タフでストイックで、とてもハングリーだ。
所々で海水浴場を目にする。
千葉や茨城の海みたいに、お金を取るなんて事はしない。
シャワー設備や、ライフセービングに関しても申し分ない。
海で楽しんでもらいたく、事故は絶対避けたいという島の人たちの願いなのだろう。

結構な距離を歩き、誰もいないプライベートビーチみたいな海水浴場があった。
それはあまりにも綺麗な海で、相棒から水着を借りてでも体はその海を求めていた。

そしてダイブ。
汗ばんだ体が一気に冷える。

この島に来て、一番至福な時だった...。
最高に気持ちの良い海だ。

誰もいない海を思う存分一泳ぎし陸に上がったら、またまたライフセーバーの人がフレンドリーな声をかけてきた。
いつの間にか、ビーチボーイや観光客の姿がまばらに目に入った。
時計は9時を指していた。

貸切状態のバスに乗り込み、後は港に戻るだけ。
バスの運ちゃんもラフな格好で、「このオンボロは東京からの払い下げだよ」と空っぽの計器を叩いていた。

街のスピーカー(島全体に聴こえる)からは、
「ピンクの服を着た、子犬が迷子になりました。心当たりのある方は神津島警察まで連絡ください」というアナウンスが流れている。
なんとも微笑ましい(?)アナウンスだ。
(故に、神津島空港に胴体着陸したセスナ機は、さぞビッグニュースだったろう...そうでもないのかなあ)

港に着くと高潮の影響で、高速船の乗り場が変わったのだとか。
どうも、地獄の一夜を過ごした多幸湾から出港するらしいのだ。
ええ!?そりゃ無いよなあと、一瞬意味が分からなかったが、結局また振り出しに戻らなくてはならない。

こういう事は良くあるそうなのだが、出港まであまり時間がなく、多幸行きのバスも出て行ってしまったらしい。
どうしようかと思案していると、近くに居た地元のオバちゃんが「まあ大変、アタシが送っていく!」と息巻いて車を用意してくれた。
予想もしていなかった展開だからアレヨアレヨと言う間にオバちゃんの軽に乗り込む。
オバちゃんの運転する軽は、まるでモナコでも走っているかのように、飛ばしに飛ばしてくれた。
お陰で、熱海行きの高速船に間に合うことが出来た。
ガソリン代と思っていくらか渡すと、そんなつもりでした事じゃないと突き返された。
ありがとうオバちゃん!

高速船に乗る込むと、日焼けした体をシートに押し付け、熱海まで一眠りした。

と、まあそんな感じで、夏のいやな所と良い所を思う存分に感じた旅だった。

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