星を見に行く(清里高原)

2008.11.5~6

東京に水を確保する際に、多摩川上流部のダム建設の為、水没してしまった丹波山村。
その住民等が、標高千メートル以上の八ヶ岳の麓に移住して来た。
もともと住んでいた村は、ダムの底に沈んでしまったが、新しい土地に夢を抱いていた。

彼等は、冬の寒さに耐え四苦八苦しながら清里の荒れた土壌を開拓して行った。
しかし、厳しい高冷地での農業などは、思うようには行かなかった。

そして、関東大震災の復興の為に、アメリカから来日したポールラッシュ博士が清里を訪れた。
彼は、貧困の清里村にキリスト教や、酪農を広めていった。
寒さに強いジャージー種の牛の酪農などが成功し、多くの人に希望を与えたのだった。

それから数年後、リゾート地として変貌をなしていく。

宿に置いてあった清里の歴史が書かれた本には、大体こんなことが書かれてあった。

確かにバブル期の80年代は、清里などは大変なブームであった。
しかし、そんな輝かしいものとは対照的な、開拓時代があったとは知らなかった。

訪れた清里は、紅葉シーズン終わりに訪れたので、幾分閑散としていた。

2日とも、良く晴れた日だった。
宿の窓からは、八ヶ岳が見える。
幾度となく眺めた山だが、何度見ても良い山だ。

宿の店主は、山が目の前にあるのに、一度も登った事が無いという。
あまりにも近くにあるのだから、何時でもいけるからと言うことなのだろうか?

夜に、窓の外を見ると、星が沢山光っていた。
アウターを来て、三脚を持って外に出る。
思っていたよりも寒くはなく、三脚をセットする。

星は、なるべく暗い所で見るのが良い。
東京の都心みたいに、何時でも明るいと、星は見えないのだ。

静寂に包まれた闇の中で、カメラの感度を上げて長時間露光をする。
さすがに東京と比べれば、輝いている星の数は多い。

前に元旦に山に登った時、夜空を見上げた時は驚きだった。
星と言うよりも、それは赤や紫の星雲と言った感じで、開いた口がふさがらず感嘆するばかりだった。

この時は、星雲とまではいかなかったが、それでも無数にある星に驚く。


オリオン座

残念ながら、八ヶ岳にはモヤが掛かっていたみたいだが、空全体的には澄んでいた様だ。

朝方、外に出てみると、霜が降りたようだった。
日が当たっているところは、朝露に濡れている。

そんな朝露に濡れた草を歩くと、みるみるうちにズボンが濡れてしまう。
その代わり、今朝は八ヶ岳が良く見えた。

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